27回目の結婚記念日

結婚記念日
ブログ開始以来毎年書いてますね(;^ω^)
銀婚式
26回目の結婚記念日

子供たちが家を離れましたので、今年は新婚以来の二人だけの結婚記念日となりました。

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ということで、宇都宮市内のレストランに予約を入れて、二人だけのディナータイム\(//∇//)\
初めて行ったお店でしたが、なかなかいい雰囲気。
席も半個室みたいな造りで、二人で行くにはちょうどいい感じ。

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店員さんに「お料理の写真撮ってもいいですか?」と聞くと、「どうぞどうぞ、もちろん結構です」。
とりよた、ニンマリ(´∀`σ)σ
じゃあ、せっかくなので遠慮なく(ノ∇≦*)

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妻と結婚式当日のことを色々話しながらお食事。
「今くらいの時間、何してたかな?」
「新婚旅行に出かける新幹線のなかじゃない?」
・・・やっぱり新幹線とは何かの縁があるような(-∀-)

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とりよた夫婦は二人ともお隣の群馬県の出身。
結婚当初は群馬県の伊勢崎市に住んでいました。
宇都宮から東京に新幹線通勤するなんて、当時の二人の未来予想図にはそのカケラさえありませんでした。

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その後、転勤で水戸に転居。
同じ北関東でも水戸には行ったこともなく、住み始めたもののどこに何があるか全く土地勘がなく、しかも訛りも強烈(失礼!)でなんだか怒られているみたいで・・・二人でとても心細くなった記憶があります。
ですが、なんとかなるものですね。
水戸には結局5年住みましたが、そこで長男が生まれたり、会社の上司・先輩や近所の人たちが家族ぐるみでよくしてくださったりと、いままで振り返ると今までで一番平和な時期でした。

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その後、宇都宮に転居して次男が生まれ自宅を新築。
紆余曲折あって、今の会社に新幹線通勤することに。
それからもう13年経過し、子供たちも大学進学で家を離れました。
振り返ればあっという間の27年でした。

その27年間、妻はいつも一緒にいてくれて、支え続けてくれたのです。
水戸で心細い思いをさせたのも、新幹線通勤を始めて苦労をかけたのも、全部とりよたの仕事の都合。
でも、それに文句ひとつ言わなかったのです。
そればかりか、水戸では上司・先輩や近所の奥さんとの付き合いをうまくやってくれて、そのおかげで家族ぐるみでお世話になることができたのです。
新幹線通勤だって、朝早く起きてお弁当を作ってくれて、夜遅く帰るとりよたを待って一緒に夕食にしたり。
今のとりよたがあるのは妻のおかげなんです。

結婚記念日くらい感謝を、と毎年思ってはいますけど、なんだか照れ臭くてね(〃▽〃)
わかっちゃいますが、ワインで酔った勢いで、
「27年間苦労しちゃったんだね。結婚したときと比べると、しわが増えちゃったよね~」
今年も照れ隠しばかりで、素直に言えないとりよたでした。

でもこういうとき、なぜか妻は怒らないんですよね。
キャンドルの向こうでいつものように静かに微笑む彼女を、とりよたはデザートのシャーベットをスプーンですくいながら、少し横目で見つめていました。

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クリスマスイルミネーションの下で

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写真は六本木のけやき坂通りのクリスマスイルミネーション。
何年か前のものですみません( /ω)

今日はクリスマス。
皆さまどのようにお過ごしでしょうか。

え?
とりよたですか?
子供たちが家を離れて、久しぶりに夫婦2人のクリスマスでしたが・・・
二人とも体調崩してしまいました(T_T)

というわけで、ケーキすらなしのクリスマスイブでした(ノ_<)
今日も楽しそうに街を歩くカップルを横目に、クリスチャンじゃねえし、なんて・・・
やっぱり、ちょっとさびしいかなあ(;д;)

そういえば、結婚する前、クリスマスといっても、特別妻と会ったりプレゼントを交換したりなんてしていませんでした。
というのも、学生時代、とりよたはアルペンスキーをやっていて、毎年12月になると合宿で北海道に行っていました。
一般のスキー客が多くなる年末年始は練習にならないので、一旦戻るのですが、当時遠距離恋愛中だった妻と会う時間もなかなかとれませんでした。
彼女もそういう世間が騒ぐようなイベントには関心もなく、とりよたも、まあ、クリスチャンじゃねえし、みたいな感じで特に何もしなかったんですよね(^_^*)

大学3年生の年末、いつものようにとりよたは合宿していた北海道から東京に戻りました。
当時、妻は群馬県の高崎市から東京の大学まで新幹線通学していました。
クリスマス当日、とりよたは群馬県の実家には帰省するつもりで彼女に連絡。
それまでも彼女と一緒に帰省することが何度かあって、その時もそんな感じで一緒に電車乗りました。
彼女は新幹線定期券を持っていますが、いつもとりよたにあわせて在来線の高崎線に乗ってくれました。

高崎まではだいたい2時間弱。
いつものように他愛のない話で楽しく電車に揺られていました。
高崎についたら彼女を途中まで送って、とりよたも実家に帰るつもりでしたが、彼女が珍しく、もう少し一緒にいたい、高崎の街中のクリスマスイルミネーションがキレイだよ、と。
当時はまだ、イルミネーションが自体が珍しく、ちょっと行ってみようか、ということになりました。
ちょうど昭和天皇の容態が悪化して、日本中が自粛ムードになっていて、イルミネーションも少し控えめな飾りつけになっていましたが、それでもクリスマスらしい演出も。
すっかり夜になっていて、何より寒くて、でも二人で歩くと不思議に元気に。

しばらく歩くと、高崎城址公園に。
そこのベンチに座って二人でイルミネーションを眺めていたとき、突然彼女から思ってもいなかった言葉が。
・・・とりよたは彼女をずいぶんさみしがらせていたんです。
遠距離恋愛でしたし、クリスマスみたいなイベントも関心がないような言い方をしていましたが、それは強がりだったんです。
周りの友達は、彼氏と大学でいつも会っていたり、クリスマスだって楽しく過ごしていているのです。
彼女はとりよたとなかなか会えないし、クリスマスもほっときっぱなし。
さみしがらせて当然ですね。
とりよたはそれに全然気づいていなかったんです。

彼女は別れようかと悩んでいたみたいでした。
そんなふうに彼女を追い詰めていたなんて。
彼女を何より大事にしてたつもりが、全然違っていたんです。
とりよたはちょっと考えて、それまで心の中にずっとしまっていた想いを伝えることに決めました。

キラキラと輝くクリスマスイルミネーションの下で、彼女にプロポーズしました。



ーーー って、ここまでは美しい話だったんだけどなぁ〜〜〜

彼女は突然結婚なんて言われて、余計混乱しちゃったみたい。
オッケー、なんてことにならず(;д;)
そのうえ、寒さで体が冷えちゃったみたいで、とりよたはそれから数日熱出して寝込んじゃいました。゚(゚´Д`゚)゚。
う~、一世一代のプロポーズがぁぁ

でも、その2年後には無事結婚したんですけどね。
ちなみに、クリスチャンじゃねえし、と言いつつ、結婚式は教会でした・・・(〃▽〃)





ガンバレ 作新学院 2017

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今年も夏の高校野球の季節になりました。
栃木県代表は昨年の甲子園優勝校の作新学院。
7年連続出場です。
そして、深紅の大優勝旗を全員で返しに行くことになりました((∩^Д^∩))

高校野球って、やっぱりイイですね。
自分が高校生のときの母校の野球部の活躍は、妻と2人の大切な思い出の一つで、それはその後の人生の自信や希望となって影響しているように思います。
高校野球の思い出

とりよたは毎年、作新学院を応援しています。
昨年の記事はこちら→ガンバレ 作新学院
なかなか球場には足を運べませんが、栃木大会連覇が始まった6年前から、甲子園はもちろん、関東大会や地方予選まで、作新学院の公式戦はほとんどチェックしているんです。

作新学院は他の甲子園の強豪校と違い、選手のほとんどが地元栃木県出身。
もちろん中学時代に活躍していた選手もいますが、全国から選手を集めて甲子園に出場するのではなく、地元の選手を鍛え上げて勝ち進んでいます。
フツーに近所の子が活躍しているんですから、地元も応援のしがいがありますね。

それに、選手たちは試合ごとに成長し続けていて、特に昨年のチームは、秋や春の栃木県大会ではなかなか勝てなかったのに、試合を重ねるごとに強くなって、とうとう全国制覇まで(っ*^ ∇^*c)
これこそ教育です(*^^*)
祝 作新学院 全国制覇

とりよたが作新学院を応援するのは、もちろん地元だからですが、実は息子たちが2人とも作新学院に通っていたからなんです(#^.^#)

ですが、それだけではなく、もう少し深い理由があります。

息子たちは希望して作新学院に入学したわけではありませんでした。
いわゆる不本意入学ですね。
高校入試に失敗してしまったのでした。

2人とも地元の名門高校を受験しましたが、努力もむなしく不合格。
特に長男はひどく落ち込んでしまいました。
努力しても報われなかったのです。
入学からしばらくの間、特に1年生のうちは、作新学院に通うのも、制服を着るのもイヤでたまらなかったようでした。
夏期講習の時に高校名を書くのも屈辱的に思って殴り書きしたことも。
そんな感じでしたので、自分の学校に対して愛校心なんてカケラもなく、むしろ大嫌いだったのです。

ですが、野球部が朝早くから夜遅くまで厳しい練習をしていたり、休日も学校周辺の清掃をしていたり、礼儀正しくひたむきな姿を目の当たりにしていたようで、野球部には少し違った目で見るようになったようでした。
野球部は当時、まだなかなか甲子園に出場できなかったのですが、長男が2年生の時に夏の甲子園出場。
それどころかあれよあれよと強豪校を倒してベスト4に。

その活躍を見て長男はいろいろと感じるところがあったみたい。
選手たちがずっと努力していた姿を見ていたのですから、努力はいつか報われるとまた信じることができるようになったようです。

次男の場合は、もちろん落ち込んではいましたが、野球部と同じように強豪で知られる部活動入り、他校から一目置かれることに。
次男の頃はすでに甲子園の強豪校になっていて、次男にとっても野球部は自分の学校の誇りと感じていたみたいです。
結局、在学中はセンバツも含めて4回も甲子園に出場したのに、自分の部活で一度も応援に行けなかったのですが、昨年の決勝戦はとりよたと2人でテレビ観戦。
全国制覇の瞬間を一緒に喜びました。

今は2人とも大学生です。
長男は作新学院を卒業したことを堂々と友達に話をしているようです。
次男は、高校日本代表のユニフォームを着た同級生の写真をスマホで友達に見せているようです。
2人とも言っていましたが、作新学院と言えば知らない人は1人もいないそうです。

野球部の活躍が、息子たちに自信と希望を取り戻させてくれ、母校に誇りを持つことができるようにしてくれたのです。
ですから、とりよたはこれからも作新学院を応援していきます。




父の日



昨日は父の日でしたが、予想どおりというか何というか、大学生で1人暮らし中の息子たちからは何もなし(>人<;)
別に気にしていたわけではなかったのですが、何となく寂しいような・・・

夜はいつものように妻を相手に二人で晩酌(*^^*)
気持ちよく酔った頃、妻のスマホに長男から電話が。
妻が、出てみたら? というので出ると、長男は父が出て少しびっくりしたみたい。

「今日、何の日か知ってる?」
「え、あ、何だっけ? あ、そっか、父の日だったっけ」
「なに、知ってて電話したんでしょ♡」
「違うよ(キッパリ)。それより母さんに用があるんだけど。あまり飲みすぎると体に悪いよ」
「・・・」
ビールもう一本飲んじゃおかな・・・

用が済んだようで妻が電話を切りましたが、とりよたが複雑な顔をしてたみたいで、「じゃあ〇〇(次男)に電話してみたら?」
で、次男に電話すると、
「今忙しんだけど何? 」
「今日何の日か知って・・・」
「(ブチッ!)」
おーい、勝手に切るな〜〜〜

大体、父の気持ちなんて父親にならないとわからないよね。
その頃にはこっちはジイさんだよ。
だから、父の日に息子になんかされるようになったらおしめぇだよ。
早く父を超えてみろってんだ。
それが親孝行ってもんだよ。

妻相手に相当めんどくさい酔っ払いオヤジになっちゃいました( ̄◇ ̄;)


とりよたも最近までは父親の気持ちなんて全然わかってませんでした。
まあ、わかったところで面と向かって言えないでしょうけどね(⌒-⌒; )


最近は毎年、父の日には何か贈っています。
といっても、自分が父親になってしばらくしてからですけど。

今年は名入りのビアタンブラーつきのクラフトビールを贈りました。
父もお酒が大好きですので、いつもお酒にしています。
無事届いたみたいで、昨日の朝、早速電話がかかってきました。
最近は年に1〜2回くらいしか会っていませんが、それもあってか、とても嬉しそう。

あまりに嬉しそうにしているので、ちょっと心配になって、
「飲みすぎると体に悪いよ」と言いました。
あれ、とりよたもこれと同じことを長男に言われたような・・・

父は20歳で母と結婚。
それからすぐにとりよたが生まれました。
二人とも中卒でしたので、相当苦労して子育てしてきたのでしょう。

とりよたがまだ小学校に上がる頃まで、父は町工場に勤めていて、主に配送のトラックの運転をしていました。
ときには長距離の運転になることもあって、たまに会社に内緒でとりよたと2歳違いの弟の二人を連れて配送に行ったこともあります。
その頃、父に日曜日のたびにスキーや釣りに連れて行ってもらったり、火の扱いやナタやナイフの使い方なんかも教えてもらいました。

ですが、とりよたが小学生の頃、勤めていた会社を辞めてしまい、その後は自分で商売を始めましたがうまく行かず、しばらくは親戚のそば屋を手伝ったりしていました。
そのうちにまたトラックで配送の仕事をするようになったのですが、なぜあのとき突然会社を辞めたのか、その頃は全くわかりませんでした。

子供のころのとりよたは、父のことにコンプレックスを感じていました。
学校で父親の話になると、どんな仕事をしているのかということになりますが、その時とりよたは父親の仕事を堂々と言えませんでした。

そんなこともあって、とりよたは絶対自分は大学を出て、自分の子供が学校で堂々と父親の仕事を言える父親になりたいと思うようになりました。
それで高校生のとき、父に大学に行きたいと言ったのですが、普段は放任主義で何でも自由にさせていた父がこれには大反対。
最後は認めてくれましたが、とりよたは浪人生のとき予備校に行くこともできませんでした。

その後、とりよたは無事大学を卒業して金融機関に就職。
これで自分は父親を超えたと思いました。
ですが、これは大きな間違いだったと後で気づきました。

話はとりよたの幼少期に戻ります。
その頃母は、若くして才能が認められ、ある伝統芸能の師範になりました。
その仕事で朝から晩まで、日曜日もないくらいで、夜遅くなるまで家に帰れない状態でした。
父は母がそんな状態でしたので、日曜日のたびに息子たちを連れ出して寂しい思いをさせないようにしていたんです。
会社を辞めたのも、母のお弟子さんが300人近くになって、母の仕事がますます忙しくなってしまったためでした。

とりよたが小学生から中学生のころ、母は自分の後を継がせたくてとりよたを有名な先生につかせたりしていました。
とりよたはあまり興味がなくその気もなかったのですが、父が大学進学に反対したのも、とりよたが母の後を継げなくなるからでした。

そうです。父は家族を最優先にして、自分のことは全部後回しにしてきたんです。
そんな父気持ちも知らず、コンプレックスを感じていたなんて、何てバカだったんでしょう。
父は贅沢もしなければ、欲を出したりもしてきませんでした。
楽しみはというと、毎晩の晩酌くらいだったでしょう。

とりよたは自分が父親になってから、やっとこのことに気づきましたが、そんな父を見てきたので、とりよたも家族を最優先にしてきたのかもしれせん。
もちろん社会的な地位や、収入みたいなことではとっくに父を超えてしまっていたのかもしれません。
ですが、父親としてはとりよたは到底父の足元にも及んでいない気がします。
だって、父の日に息子が何にもしてくれないと言ってグチるようではまだまだですよね(>人<;)

その父も今年で72歳
ガンで2回も手術していますが、いまだに現役で配送の仕事をしています。
もしかすると、とりよたより元気かも。
う〜ん、これも勝てないかも(⌒-⌒; )

そのことを父に言ってあげたいと思ってはいますが、さすがに面と向かっては照れちゃって言えませんよね。
ですが、ブログなら素直になれそう。


父さん
父さんのように家族を大事にする父親になったと思うけど、なかなか父さんのようにはなれないね。
でもいつかきっと父さんを超える立派な父親になってみせるから、それまでどうか元気でいてください。





51回目の誕生日

先日、とりよたの誕生日でした。
51回目ともなるとなんだかんだ複雑な気分(⌒-⌒; )

昨年も記事にしたのですが、それからもう1年たっちゃいました。
年々、月日が流れるのが早くなっていくような・・・
昨年の記事はこちらからご覧ください→誕生日

昨年も書きましたが、とりよたにとって誕生日は家族のための特別な日です。
今まで誕生日はいつも家族と一緒にすごしてきました。
最初は妻と二人で。
そして長男が生まれ、次は次男と、家族が増えるたびにその特別な日が増えていきました。

そうして今まで毎年家族と一緒でしたが、子供たちは大学進学で家を離れ、今年は妻と二人だけに。
二人だけの誕生日なんて新婚時代以来です(*^^*)
だからということではないのですが、今回はちょっと優雅にお食事を、なんて(;^_^A

宇都宮市内のホテルで夜景を眺めながらのフレンチです(#^.^#)

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二人だけでフレンチなんて22年ぶり。
長男が妻のお腹にいた時以来。
子供が生まれたらしばらく行けなくなるね、と言って、身重の妻を気遣いながら当時住んでいた水戸市内のレストランに行ったのが最後でした。
その時、今度二人だけのフレンチは子供が大人になってからかな、なんて話をしていました。
それが今現実になって、なんだかんだ不思議な気がします。

オードブルが来た頃、次男から妻のスマホに電話が。
こんな時間に次男から電話してくることなんてないのでどうしたのかと思ったら、たいした用事ではないようです。
妻が、「今日なんの日かわかる?」と聞きましたが、次男はわかっていて電話してきたみたいです。
照れ臭いのか、二人で食事に来ているのもわかっていたのか、とりよたじゃなく妻のスマホに電話してきたのでした。

「夜景を見ながらフレンチだよ」、と妻がLINEで写真を送ると、次男はちょっと羨ましそう。
スーパーで買ってきたバラ肉の写真を送って来て、「こちとら、今からこれで夕食の支度」(⌒-⌒; )
ちゃんと自炊しているみたいです。

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久しぶりに素敵な雰囲気で妻と二人のお食事。
普段はあまり飲まないワインでいい気分に。
夜景は宇都宮なのでそれほどじゃないんですけどね(⌒-⌒; )

今回選んだコースでは、デザートが選び放題になっています。
ワゴンで運ばれて来て、そこから選ぶのですが、甘いもの好きなとりよたにはどれかなんて選べませんσ(^_^;)
全部でもいいんですよ、と言われ、全く遠慮なく、「じゃ、全部で」(#^.^#)

盛り付けしてもらって、そこでお店からサプライズが。
お皿にバースデーメッセージ\(^o^)/

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すみません、名前の部分はぼかしてます。

妻も「全部」だったのですが、二人とも難なく完食(⌒-⌒; )
満足満足。

家に帰ると長男から電話が。
長男は就職活動中で、とりよたにアドバイスしてほしいみたいです。
でもこの話、一昨日もしたような・・・
一通り話が済んでから「今日はなんの日か知ってる?」と聞いてみたら、
「うん、もう51歳なんだよね〜」
なんだ、長男も知ってて電話してきたんだσ(^_^;)

それにしても二人ともなんで素直に「誕生日おめでとう」と言えないのかなぁ〜
まあ、それはそれで我が息子たちらしいのですが(⌒-⌒; )

子供たちは少し離れた場所にいますが、今年もこうして家族と一緒にこの特別な日をすごして、とりよたはまた一つ歳を重ねました。






フリーエリア

プロフィール

とりよた

Author:とりよた
偶然か、運命のいたずらか、縁もゆかりもなかった宇都宮に定住し、諸々の事情で都内まで新幹線通勤して早10年以上。都会で仕事して田舎暮らしするのにも大分慣れてきた今日この頃です。

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